事上磨錬
実際の事にあたって心をみがくこと。
本校の前身である旧制海南中学校初代校長の野地清学先生が、校訓として朝礼でよく使われていた言葉として、『和歌山高校風土記2』(毎日新聞社編)で紹介されています。
人須在事上磨錬做功夫
『人 須(すべか)らく事上に在りて磨錬し功夫(くふう)*1を做(な)すべし。』
『伝習録』下〔王陽明*2の語録〕
王陽明の自己修養のあり方について、安岡正篤*3は次のように述べています。
思想というものは時に現実から遊離して一人歩きをし易いものであるが、王陽明はそれを戒め本当の思想・理念というものは決して日々の生活から遊離するものではなく、何ら変わらぬ日常において自らの良知を致す事こそが、真実の意味における学問であり自己修養なのだと説いた。
*1 功夫…考えをめぐらすこと。工夫。
*2 王陽明(1472~1528)…明の哲学者・政治家。陽明学の始祖。名は守仁。
*3 安岡正篤…陽明学者。思想家。
